それから

今日は僕のDJする傷病前の最後の動画をNETからダウンロードして持っていてくれて、その動画が手元になくて、先週その動画を僕に送ってくれたH君のいる西宮まで、お礼を言いに会いに行ってきました。

彼は神戸にあったディスコ「ナバーナ」に在籍したDJで、DJの後輩であり友人です。僕が22才ぐらいの時だから、かれこれ31年、お互い歳を取ったものの、こうやってたまに会えるのはホント嬉しい。

ネットやメール、SNSで簡単に連絡できる世の中になりましたが、リアルな世界で実際に会うのは、この便利になった今の時代でも、やはり大切でかけがいの無い時間の共有だと改めて実感しました。

今日は有難う

相変わらず彼がくれた動画をUPしてから、ブログランキングはこの記事を書いている今では、第3位をキープしています。

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DJ動画をUPしました

恥ずかしながら自分のDJする動画をUPシマース!

傷病する8ヶ月前に神戸の北野町にあるキテンと言う、小箱のBar&クラブにDJとして呼んでもらい、1日だけ久し振りにアナログのレコードを回してそれに合わせて喋っている(DJ TALK)動画です。

なにせ久し振りだったので滑舌は悪いしキレが無い (笑)(笑)

でも折角だし自分では貴重な障害を持つ体になる前の動画なので、記念にYouTubeに保管しておきました。

唯、著作権の問題で時々サウンドにエフェクトが掛かり、大きくなったり小さくなったりしています。

今のDJは喋らないですが、DJのスタイルの変容を過去から遡って説明すると、ディスコが生まれて日本に入って来てから1970年代のDJは、曲をかけて喋りを入れるスタイルでした。それが1980年代になってから曲と曲を繋いでかける「繋ぎ」と言うものが出て来て、日本のDJもTALKを入れるスタイルから、ノントークで曲を繋ぐスタイルに変わり、ダンスフロアーの雰囲気もガラッと変わりました。人の声が入るわっさわさした雰囲気から、唯曲だけがかかっている様子です。少し洗練された、都会の雰囲気です。(箱によって特徴がありますが)

僕がDJを始めた頃は、この「繋ぎ」のスタイルになった頃で、東京から来たDJの選曲を真似たり、選曲のやり方を学んだりしました。

それが数年経つと、又DJが「繋ぎ(DJ MIX)」をしながら「喋り」を入れ出して、この辺りは大阪のDJの影響ですが、フロアーの雰囲気も「洗練された、都会的な」な雰囲気から「洗練された、都会的であるが活気のある」雰囲気へと変容しました。

当時のそのスタイルがDJの定番スタイルとなりましたから、当然繋ぎしか出来なかった自分は焦って、一生懸命DJの喋りを特訓しました。

ここまで見ると自分一人で独学でDJになったように見えますが、最初は年配DJの方に弟子入りさせて貰い、半年ほどで独り立ちできるようになりました。

そこから又喋りを覚える為に年配の方に弟子入り(特訓してもらう)して、「繋ぎ」➕「喋り」が出来る二刀流のDJになれました。

DJの喋りの特訓は冬場に神戸を離れて、長野県の栂池のスキー場にあったリゾート地ディスコ「Mr.Jack」でスキーをしながら夜のディスコ営業で、又見習いDJに逆戻りで特訓しました。期間はワンシーズンです。ワンシーズンの間スキー場でスキー三昧と、聞こえはいいですが帰りたくても帰れない状況です。21歳の時だったと思いますが、この特訓は辛かった。大体口下手な僕がDJブースにいる間中「なんか喋れ、もっと喋れ、自己主張しろ、もっと喋りで客を引っ張れ、盛り上げろ!、フロアーの空気をもっと動かせ!!」と、台本も何も無いのに、何をしていいのか分かりません。

仕方が無いので、喋りの文句を大学ノートにひたすら思いついたら書く。しかもカッコ良いフレーズを。どんなシーンでも当てはめる事が出来る文章。

かなり鍛え上げられました。この師匠DJは神戸アースクェイク(Earthquake)から南マハラジャに移り、大阪はキタのD・D HOUSEのマハラジャのオープンDJを務め、その後、ミナミのダイアモンドビルにあったディナスティ(Dynastie)を盛り上げた、かの市丸君です。

DJ時代の話はネタが尽きる事はありませんが、若い頃の昔取った杵柄の部分に当たる
「アナログレコードどうしを2台のレコードプレイヤーでかけ、ピッチを変えてスピードを合わせ、音を繋ぐ。小節と小節どうしを合わせ、曲の間奏部分や曲の構成を考えながら瞬時に次の展開を考える。そしてDJ トークで曲を紹介しながらフロアーのゲストに話しかけるようにフロアーを活気付け、縦横無尽に客を引っ張り、音楽の世界に引き込む。」

どうです?凄く頭使うでしょ?
しかも選曲は最初から決まった台本など無く、フロアーの反応を見ながら客の受けるラインにヒットさせ、釣りではありませんが、掛かったなと思ったらグイグイ引っ張り、少し休ませたり、最後は一気にドッカーン、大爆発。

大分頭使いますし器用でないと出来ない。

つまんない自己満足になってしまいましたが、若い頃の職業プロDJが呟きました。

 

たかがDJ、されどDJという事で締めくくらせて下さい。

いろんな職業の方がいます、この世界。他にもゴルフが上手なプロゴルファーの世界の方や、ユーモアのセンスがとてもあり、人を笑わせる噺家の方や、人から話を引き出すのに長けているコンサルタントやトップの営業の方も様々な素晴らしい能力をお持ちだと思います。

もうあの頃のように同じ事は出来ませんが、あれだけの事が出来た自分がここにいる。

自信を持って今の自分と向き合っていきたいです。

この動画を撮った頃から脳出血は始まっていたかもしれません。

友人の日高、ネットから消されてもう無いと思っていましたが、よくぞ保存して持ってくれていました。お陰で元気な時の(今は今なりに元気ですけど)自分に会えました。感謝!

声は届かないけどキテンの鈴木君、あのイベントで喋りを入れたDJで、人前でちゃんとDJしたのが最後でした。DJタイムの動画を撮って頂きありがとうございます。Ustreamに最初公開してくれていたのも時々見ていました。あの動画を友人がダウンロードしてくれて、回り回って自分の写っている動画入手出来ました。
感謝です…!

OSDの肉声DJプレイ動画です。

 

 

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神戸開港150年記念 港都KOBE芸術祭に行ってきました

土曜日はここに行ってました。

神戸開港150年記念 港都KOBE芸術祭
space eauuu presents
『夕方テクノ』
2017.09.30.sat 15:00 – 21:00
@ポートアイランド北公園
入場無料
-DJ-
HIDEYUKI TOMITA (STRADA RECORDS)
MASAMI IGARASHI
工藤 裕治

http://www.kobe-artfes.jp/

神戸大橋の下に特設DJブースを作り、ハウス・テクノのDJがプレイする。アナログ・レコードでターンテーブルでのライブです。

僕らから見たら若手世代ですが仲良くしてくれるDJの工藤君と、STRADA RECORDSのTOMITA君とMASAMI IGARASHIさんの3人のGIGでした。

行くのが遅くなり6時を回ってからの参戦でした。この日は天気も良く、もう少し早ければ夕日が沈むのを見れるところだったのに、残念。

海の側でロケーションも最高の場所で、アンダーグランドなハウスやテクノを大音量で重低音を体に感じながら酒を飲む。

クラブにはこの体では行き辛いので、こういう入場料無料の屋外イベントは助かります。

TOMITA君は一度僕のブログに出ています。

「Gospel店主の誕生日会に駆けつけました」

会場には照明も色を変えて空間を演出していました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

DJをするTOMITA君。アナログレコード店の経営者です。ネットでも買えます http://www.stradarecords.com/
海がある街 神戸です。
アートな展示物がありました
OLYMPUS DIGITAL CAMERA 橋の構造物がかっこいい

最後は“eauuu”に集まる皆さんと記念写真を撮りました。
工藤君と。良い写真が撮れました。いい音楽もありがとう

どんな音楽が掛かっていたか気になる方は、早速工藤君がyoutubeにオープニングシーンをUPしています。

非日常的空間の極みですね。神戸は開港150年です。もっと市民の皆さんに「こういうイベントが有ったよ」と知って貰いたいです。

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最近SNSで聴いて頂いてる昔のDJ MIXが溜まってきたので、ブログにも貼り付けました(´∀`)

久しぶりに音楽ネタのブログを書きます。

基本的に僕がベースとするコンテンツの中身は

・ネコ
・カメラ/写真
・DJ/音楽
・脳卒中
・中途障害者の日常
・フレディマキュ男と仲間たちのお笑い劇場

と多岐にわたるのですが、その中でも音楽サイトとなる『SoundCloud』と『MixCloud』という、自分で作った曲やMixを配信・共有するサイトでOSDもアカウントを持っています。(怖がらないで再生ボタンを押すと音楽が流れる仕組みになっています)

SoundCloud

MixCloud

SoundCloudとMixCloudでデーターがダブっていますが、SoundCloudはWAVE音質で作って配信できます。有料の会員になっていないので、UPできる容量が限られているせいで、ここにUPしていても短期間で消す場合があります。

MixCloudは容量制限なしで無制限にアップロードできます。しかしmp3という形式指定があり、音質的にはSoundCloudに劣ります。しかし、いつまでもここに作品を置いておけます。

話がズレましたが、最近になって僕が昔作ったDJ MIXをここにUPしました。

最近耳にする音に少し嫌気を感じ、昔の曲やレコードを使ってミックスした作品が聴きたくなり、皆様にも聴いて頂きたくUPしました。

先ずはこれ。このMIXは2006年か2007年に作った物で、皆様に聴いて頂いて評判が良かったDJ MIXです。レコードとCDを使ってミックスしています。

次は2002年頃にレコードと旧型のミキサーを使って録った、3枚組の作品です。1枚目となるこれのジャンルはソウル・DISCOです。

次はその2枚目。

2つ目のこのmixはオープニングからグランドビートっぽいリズムパターンの自分の好きな曲をセレクトし、Ronny JordanのJAZZなエッセンスのある曲も入れ(今、知ったんですがRonny Jordanは2014年1月13日に死去されてますね。R.I.P…)、R&B、女性シンガー物のclub mix、HIP-HOP、PーFUNKのノンストップ・ミックスとほぼ昔で言うなら黒系 な、ハウスとは程遠い感じのmixです。
年代は1990年代の曲が中心となっています。レコードでターンテーブルを使いましたから、マスターテンポも使ってないので、あの嫌なブリブリいう音もなく、自然な音調ですが、残念ながら音質はmp3音質です。曲的には中途半端な古さですがよかったらお聴き下さい♪

追記ー(書き終わってから知ったんですが、P.M. Dawnのメンバーであるプリンス・ビーも2005年に脳卒中で一度倒れ、半身に麻痺が残り、2016年に糖尿病が悪化し亡くなったそうです。R.I.P… http://bmr.jp/news/160295 )

次は3枚組のMIXシリーズの最後の1枚。

3枚作ったのは年代を分けたかったのが理由で、1980年代の曲中心の物、1990年代の曲中心の物と続き、最後の3枚目は年代はバラけるけど少し早いテンポで、ジャンルはDISCO HOUSEとROCKです。

この最後のMIXは3枚のうち一番ダンサンブルなDJ MIXです。

後半はメジャーな曲も多く、名曲オンパレードです。

以上が今公開させて頂いている過去のDJ MIXですが、もう既に公開している2010年のDJ MIXを再掲版として少し手直しして公開します。

夏らしいDJ MIXです。1曲目のオープニングに2014年3月31日に惜しくも亡くなられたフランキー・ナックルズを収録しています。今日はいつもと違うカテゴリーでしたが、このブログを最後まで読んで聴いて頂き、ありがとうございました。

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大阪の夜

つい先日のことになりますが、傷病後初めて大阪へ行きました。

27年程前から会ってなかった友達と再会を果たすために・・・

1988年、僕は24歳の頃、神戸のDJとして大阪でDJデビューしたのが大阪ミナミマハラジャ(マハラジャ1号店「全国に名を馳せたディスコMAHARAJAは大阪ミナミマハラジャが最初のマハラジャだったんですよ!」)で神戸キング&クイーンがオープンするまでの研修で働きだして、「あんたは小箱のほうが味が出せてええやん」と、大箱だったミナミマハラジャから、もう少し箱の小さいマハラジャwestに変わって出来た仕事仲間&友人達でした。

その年の4月から大阪でDJしだして、マハラジャwestに移ったのが6月だったと思います。

そこから9月までの3ヶ月、短い期間でしたが一番楽しかった夏でした。

店でビシビシキメて店が終わってから公園で花火をしたり、今となっては口に出せません(笑)。

そんな楽しい想い出がいっぱいあった友人との久々の再会です。

神戸のキング&クイーンとマハラジャにその後移ったのですが、神戸マハラジャを辞めてからも一緒に仕事しました。

スキー場で栂池のMr.Jackで、このディスコは今も語り継がれる伝説のリゾートディスコだったんですが、そこの最後のスタッフだったんじゃないでしょうか。

このMr.Jackは全盛期からオーナーが変わり、引き続き営業していました。

僕は21歳の頃、ここで前のオーナーの時に1シーズンこのスキー場でDJしましたが、その後オーナーが変わってからもこの日に再会をしたKEN君が招集を掛けて、再び一緒にDJとして働きました。その時点で28歳ぐらいのことです。

その後、神戸は地震で僕から連絡も出来ない状態で、音信不通になってしまい、気がつけば20年ぐらい過ぎてしまいました。

そんな時間を埋めるのには十分な夜でした。

再会する会を開いてくれたのがカンペイ君。

みんな全然変わってない。あの頃のままでした。

最初に食事と乾杯したのが難波で、そこから心斎橋まで移動し、かなり賑やかな外人Barへ。

KEN君が週末にDJしているお店です。

音楽はHIP-HOP SOULからレゲトン、ダンスクラシックにEDMと、こうやって活字にすると何でも掛けていますが、1曲をショートショートに掛けて、それも新しく聴けるようにエディットして場を盛り上げてました。

もう、正直ハウスやらテクノやら、四つ打ちに飽きていたんですよ。

歌心があったり、時にはファンキーであったり、そういうビートが聴きたかったんですよ。

まぁ、四つ打ちしかダンスミュージックを知らん奴には分からんやろな(笑)オッサンの戯言ですw

とにかく楽しかった。

最後に

店から出る時にサポートしてくれた、親切な若い女子がいました。

看護師の方で麻痺の患者の事に慣れていて、妻のサポートより上手。

座っていた時間が長く、歩きにくい状態での中、段差や人混みの中を上手く歩かせます。

夜中の2時、ここ大阪はいろんな人がいます。踊りに来ている方も職業は色々!

・・・久々に行った大阪の街は温かったです。

 

又、そう遠くならないうちに2回目の飲み会を開いて下さい。カンペイ君
(=^・^=)

 

KEN君がDJのオープニングにかけたSimply Red のSunrise。

Hall & Oatesの1981年に出したI Can’t Go For That (No Can Do)をサンプリングしてHITした曲。少し違うバージョンがあったので貼りました。

良いですね、この曲。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

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SUNDAY’S

先週のことになりますが、後輩DJだった千秋と久しぶりに会いました。

雨がしとしと降る日曜日の午後、神戸の元町駅で待ち合わせして何年か振りの再会です。

雨が降っていたので私はタクシーの中で待機して、妻に待ち合わせ場所に探しに行ってもらいました。

うまく再会できたのでそのままタクシーで餃子の「ぼんてん」へ。

店内に入るとマスターの一言から始まる。

「餃子一人一人前から、ご飯ないで」

余程来ていないから忘れられたのか、マスターとは15年前にマスターが神戸のフリーペーパー「Recipe(レシピ)」で占い記事を書いているエリザベスとマスターが付き合っていた時によく一緒に遊んだのだが、それから時間が経ち最後に来たのが5年前。ここにいる千秋と一緒に来たのがその時でした。

乾杯。そして餃子をあてにビールを飲みながら日曜日らしい休日を友人と過ごす…。

雨の中来た甲斐があります。
話が弾んでビールを追加で頼むけど、ここで飲み会を始められたら困る、帰ってくれ(笑)、と言われたので場所を変えて次の行き先はBarへ。

前後しますがぼんてんの餃子も味噌と酢醤油を混ぜて食べる神戸版の餃子です。

餃子は宇都宮がうまい店が多いと聞きますが、この神戸の餃子の味噌と酢醤油で食べるのも味わってもらいたいです。

因みにこの赤味噌ダレと餃子を地方発送してくれる神戸の餃子の店で「瓢たん」があります。

img
—画像、beams eye神戸 から抜粋—

餃子のぼんてんを後に、向かった先は「Bar Gospel」。

昔のDJの知り合いの方がここでDJイベントを新年会がわりにやっているそうなので来ちゃいました。

写真は千秋と今日のイベントDJの伊勢氏と。

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皆が揃うって25年振りかな、懐かしいね!

openが昼の3時から。closeが23時という日曜日の午後セッション的なイベントでした。私には有難い。深夜に地下のクラブに紛れ込んで音に身を委ねるような事はこの体、この年になって出来ないものですから。

緩〜く始まり5、6時になる頃にはかなりゲストの数も増え、私は少し早めにこのイベントを後にしましたが、世代の近いいぶし銀の人のプレイするハウス•ミュージックの音、懐かしくて安定感がありました。

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又DJブースに立てるようになりたいな

(=^・^=)

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現代の音楽を楽しむ環境とメディアについて

「音楽をPCで聴く」というのが当たり前になって、いつの間にか良い音で再生して聴くというのがなくなってしまった気がする。

昔は音を楽しむシステムに随分とお金を掛ける贅沢な時代だったのか、今の音楽を聴くスタイルがチープになってしまったのか分からない。

男が趣味で持つ家財道具の一つにステレオがあった。

レコードを聴くプレーヤー、メーカーによって癖の違うアンプ、それを再生する大きなウーファーとミッドバスとツイーターが1セットになったこれまたでかいスピーカー、押し入れを占領してしまうぐらいの大きさだった。

良い音で音楽を楽しみたいということに積極的だったのか、娯楽が今ほど限られていたのか、記録された音楽をいかに再生して家でゆっくり楽しみたいというのは昔のほうが長けていたと思う。

少し前に人の話を立ち聞きした内容が

「趣味は音楽で、家で大きな画面で(何サイズか忘れた。37型だったか・・・)YouTubeをウーファーをかけて聴くんが娯楽ですわ」

と豪語していた話に違和感を感じた。

通っぽく話してる割に「音質がYouTubeのmp3で満足出来てるんかい!」と突っ込みたくなったが、そこは人それぞれ。

音はmp3でもOK、動画はヨウツベ画質で全然問題なし!という、何でもこだわりたくなる世代の自分としては許されないものがあった。

昔はレコード針のタイプの違うMC型とMM型から始まり、アンプはクラッシックを聴く高価なものから、軽めの音楽を聴くタイプのものかを決め、スピーカーに至っては粘りのある低音のものや、タイトに締まって聞こえるものや千差万別のなかから選ぶ、まさに「究極こだわりの電化製品」の一つでした。

今は聴ければなんでも良いんですね。音質がどうのこうのよりも。

昔よりも音やそれを取り巻く技術は進化している筈なのに、皆が聴く音は良くなったとは思わない。

昔は神戸でも星電社という電気屋さんで、ちゃんとした防音室でスピーカーの聴き比べをさせてくれる試聴室が設けられていて、よく足しげに通ったのを覚えています。

今はそんな設備を設けた電気屋さんは無いと聞きます。

やはり昔は贅沢な時代だったんですかね。

一家に一台あったステレオ・・・

pioneer_s31
画像は拾いです

今日はショートコラムのような記事にお付き合い頂きありがとうございました(=^・^=)。

ホントはこの話に続きがあるんですが、その話は又次の機会に。

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