デジタルクリエイター」という肩書きについて、1つの一考
- 2025.12.23
- 雑記
1つの一考です。
最近よく目にする「デジタルクリエイター」という肩書きについて、
少し立ち止まって考えることがありました。
デジタルクリエイターという言葉自体は、とても良い響きを持っています。
デジタル技術を使って、新しい表現や価値を生み出す人。
本来は、そういう人たちを指す言葉のはずです。
Webサイトを設計して作る人、
映像やCG、インタラクティブな表現を生み出す人、
仕組みや構造を考え、デジタルで「体験」を作る人たち。
そうした人たちは、実はあまり自分のことを
「デジタルクリエイター」と強く名乗らない気がします。
なぜなら、肩書きを語らなくても、
作ったもの自体がその人を説明してくれるからです。
一方で最近、
「デジタルクリエイター」という言葉が、
少し便利なラベルのように使われている場面も見かけます。
スマホで写真を撮る。
アプリで動画を編集する。
テンプレートで画像を作る。
それ自体は、もちろん素晴らしいことです。
ただ、それは「作る側」というより、
ツールを上手に使っている側なのではないかと
感じることもあります。
音楽で言えば、
DJソフトを触っただけでDJを名乗るのか、
フロアの流れを考え、空気や時間を設計して
初めてDJと言えるのか。
Webで言えば、
投稿を重ねることと、
構造を考えて設計することは、
似ているようでまったく別の行為です。
肩書きは、本来、
憧れで名乗るものではなく、
積み重ねた結果を短く要約したものだと思っています。
だからこそ、
「デジタルクリエイター」という言葉を使うなら、
「何を、どう作っているのか」を
一緒に語れる人でありたい。
これは誰かを否定したい話ではありません。
言葉の重さや、ものづくりの本質について、
少し考えてみたくなった、というだけの話です。
デジタルの時代だからこそ、
肩書きよりも「中身」が問われる。
そんな気がしています。
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