あとから効いてくる街、神戸|大阪・京都との距離感を考える
ふと、昔のことを思い出した。
時代が変わった今だからこそ、あらためて考えてみたくなった。
昔は、神戸の人というだけで、
大阪では妙に受けが良かった時代があった。
おしゃれ、センスがいい、どこか洗練されている。
今思えば、それは大阪側から見た「神戸人」への先入観だったのかもしれない。
でも今はどうだろう。
インターネットが普及して、街の情報も、人の感覚も、距離も、
ほとんど差がなくなった。
神戸も大阪も、同じタイムラインの中に並んでいる。
だから「神戸の人だから」というだけで評価される時代では、もうない。
評価の軸は、土地ではなく、“その人自身”だ。
それでもなお、
街が持つ空気感までは、ネットでは均一化できないとも感じている。
神戸には神戸の、
大阪には大阪の、
それぞれの街が長い時間をかけて育ててきたリズムや余韻がある。
派手さや勢いは大阪。
静かな佇まいと余白は神戸。
どちらが上でも下でもなく、ただ「違う」。
そこに京都を混ぜると、話は少し変わる。
京都は、神戸や大阪を競争の土俵に乗せない。
比べるでもなく、誇るでもなく、
ただ長い時間の中から、こちらを静かに眺めている。
神戸と大阪が、
どちらがどうだと語り合っている横で、
京都は少し離れた場所で、微笑んでいるようにも見える。
今の神戸は、
ブランドとして主張する街ではなく、
あとからじわっと効いてくる存在なのかもしれない。
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