あれから31年、あの日の神戸を忘れない
あれから31年が経ちました。
時間は流れても、あの朝の記憶だけは決して薄れることがありません。
午後、ポートアイランドでも液状化現象が起き、
「安全な土地とは何なのか」
そんなことを初めて真剣に考えさせられました。
当時、ここには母と妹と弟が住んでいて、
私は北野町のマンションにいました。
震災後、ようやく連絡が取れ、ここへ向かったとき、
目の前の光景に言葉を失いました。
東門筋にあった実家のビルは横倒しになっていました。
もし自分があの場所に住んでいたら――
そう思うと、胸の奥が静かに震えました。
三宮の街は壊滅状態。
至るところでビルが倒れ、道路が裂け、
日常というものが一瞬で消え去っていました。
あの光景を、私は今でもはっきりと覚えています。
犠牲になられた方々へ、
そして今もこの街で生き続けるすべての人へ。
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