右片麻痺になった男のブログ

月別: 2018年1月

イワシ

イワシ

今日は、自分の話を一つ。 昨日、自宅にあるCDの中から10年前の名刺が出て来たので、Twi […]

それから

それから

今日は僕のDJする傷病前の最後の動画をNETからダウンロードして持っていてくれて、その動画 […]

DJ動画をUPしました

DJ動画をUPしました

恥ずかしながら自分のDJする動画をUPシマース!

傷病する8ヶ月前に神戸の北野町にあるキテンと言う、小箱のBar&クラブにDJとして呼んでもらい、1日だけ久し振りにアナログのレコードを回してそれに合わせて喋っている(DJ TALK)動画です。

なにせ久し振りだったので滑舌は悪いしキレが無い (笑)(笑)

でも折角だし自分では貴重な障害を持つ体になる前の動画なので、記念にYouTubeに保管しておきました。

唯、著作権の問題で時々サウンドにエフェクトが掛かり、大きくなったり小さくなったりしています。

今のDJは喋らないですが、DJのスタイルの変容を過去から遡って説明すると、ディスコが生まれて日本に入って来てから1970年代のDJは、曲をかけて喋りを入れるスタイルでした。それが1980年代になってから曲と曲を繋いでかける「繋ぎ」と言うものが出て来て、日本のDJもTALKを入れるスタイルから、ノントークで曲を繋ぐスタイルに変わり、ダンスフロアーの雰囲気もガラッと変わりました。人の声が入るわっさわさした雰囲気から、唯曲だけがかかっている様子です。少し洗練された、都会の雰囲気です。(箱によって特徴がありますが)

僕がDJを始めた頃は、この「繋ぎ」のスタイルになった頃で、東京から来たDJの選曲を真似たり、選曲のやり方を学んだりしました。

それが数年経つと、又DJが「繋ぎ(DJ MIX)」をしながら「喋り」を入れ出して、この辺りは大阪のDJの影響ですが、フロアーの雰囲気も「洗練された、都会的な」な雰囲気から「洗練された、都会的であるが活気のある」雰囲気へと変容しました。

当時のそのスタイルがDJの定番スタイルとなりましたから、当然繋ぎしか出来なかった自分は焦って、一生懸命DJの喋りを特訓しました。

ここまで見ると自分一人で独学でDJになったように見えますが、最初は年配DJの方に弟子入りさせて貰い、半年ほどで独り立ちできるようになりました。

そこから又喋りを覚える為に年配の方に弟子入り(特訓してもらう)して、「繋ぎ」➕「喋り」が出来る二刀流のDJになれました。

DJの喋りの特訓は冬場に神戸を離れて、長野県の栂池のスキー場にあったリゾート地ディスコ「Mr.Jack」でスキーをしながら夜のディスコ営業で、又見習いDJに逆戻りで特訓しました。期間はワンシーズンです。ワンシーズンの間スキー場でスキー三昧と、聞こえはいいですが帰りたくても帰れない状況です。21歳の時だったと思いますが、この特訓は辛かった。大体口下手な僕がDJブースにいる間中「なんか喋れ、もっと喋れ、自己主張しろ、もっと喋りで客を引っ張れ、盛り上げろ!、フロアーの空気をもっと動かせ!!」と、台本も何も無いのに、何をしていいのか分かりません。

仕方が無いので、喋りの文句を大学ノートにひたすら思いついたら書く。しかもカッコ良いフレーズを。どんなシーンでも当てはめる事が出来る文章。

かなり鍛え上げられました。この師匠DJは神戸アースクェイク(Earthquake)から南マハラジャに移り、大阪はキタのD・D HOUSEのマハラジャのオープンDJを務め、その後、ミナミのダイアモンドビルにあったディナスティ(Dynastie)を盛り上げた、かの市丸君です。

DJ時代の話はネタが尽きる事はありませんが、若い頃の昔取った杵柄の部分に当たる
「アナログレコードどうしを2台のレコードプレイヤーでかけ、ピッチを変えてスピードを合わせ、音を繋ぐ。小節と小節どうしを合わせ、曲の間奏部分や曲の構成を考えながら瞬時に次の展開を考える。そしてDJ トークで曲を紹介しながらフロアーのゲストに話しかけるようにフロアーを活気付け、縦横無尽に客を引っ張り、音楽の世界に引き込む。」

どうです?凄く頭使うでしょ?
しかも選曲は最初から決まった台本など無く、フロアーの反応を見ながら客の受けるラインにヒットさせ、釣りではありませんが、掛かったなと思ったらグイグイ引っ張り、少し休ませたり、最後は一気にドッカーン、大爆発。

大分頭使いますし器用でないと出来ない。

つまんない自己満足になってしまいましたが、若い頃の職業プロDJが呟きました。

 

たかがDJ、されどDJという事で締めくくらせて下さい。

いろんな職業の方がいます、この世界。他にもゴルフが上手なプロゴルファーの世界の方や、ユーモアのセンスがとてもあり、人を笑わせる噺家の方や、人から話を引き出すのに長けているコンサルタントやトップの営業の方も様々な素晴らしい能力をお持ちだと思います。

もうあの頃のように同じ事は出来ませんが、あれだけの事が出来た自分がここにいる。

自信を持って今の自分と向き合っていきたいです。

この動画を撮った頃から脳出血は始まっていたかもしれません。

友人の日高、ネットから消されてもう無いと思っていましたが、よくぞ保存して持ってくれていました。お陰で元気な時の(今は今なりに元気ですけど)自分に会えました。感謝!

声は届かないけどキテンの鈴木君、あのイベントで喋りを入れたDJで、人前でちゃんとDJしたのが最後でした。DJタイムの動画を撮って頂きありがとうございます。Ustreamに最初公開してくれていたのも時々見ていました。あの動画を友人がダウンロードしてくれて、回り回って自分の写っている動画入手出来ました。
感謝です…!

OSDの肉声DJプレイ動画です。

 

 

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2018えべっさん

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関西人しか分からないかもしれませんが、西宮の西宮神社が総本山で有名な(毎年十日エビスの日の早朝に境内を走って、一番早く辿り着いた者を福男とする行事などがあります)えびすさんを祀る神社は神戸にもあり、神戸では兵庫区にある柳原蛭子神社がそうです。僕の昔在籍した会社が近くにあり、会社の会長家族も神事を手伝う神社の役員でしたが、去年会長がお亡くなりになり今年は神事を手伝っていないかもしれませんでしたが、もしかしてお会いすることができるかもしれないと僅かな希望を胸に、九日の宵エビスの福神楽「戎舞」奉納神事を見に行きました。

そしたら社長家族はいつも通りそこにいて、聞いてみると昨日に喪が明けて今年も手伝える事となったそうで、今年も縁起の良い「戎舞」を見て、社長家族とも会えました。柳原蛭子神社は今日のニュースにも出ています。

神戸新聞NEXT|神戸|柳原蛭子神社に鮮魚奉納 9日に「まぐろ奉納神事」も https://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/201801/0010880002.shtml

僕が撮った拙い写真ですが、雰囲気をお伝えしたいと思います。


混んではいたものの9日は未だこの体でも入っていける混み具合でした。

清荒神の明石焼きです。露店で夷舞が始まるまで時間があつたので頂きました。体があったまる〜

この後えびす舞を見ました!

商売繁盛や家内安全を祈願すると共に、自分の体の事を少しだけ祈願して、今年も沢山の福を頂きました。この雰囲気とこの時間、独特の粛々として神々しい空気、仕事を休んで来て良かったです。

最後に社長家族と記念撮影。僕の一番好きな家族です。

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